祝2005年!&2004年を振り返る

新年明けましておめでとうございます!
最近更新がかなり減ってしまったが、昨日の大晦日に今年の振り返りをしようとしていたのだがなんと朝から発熱。。風邪をひいてしまったらしい。。一晩寝てなんとか回復してきたので振り返りと新年の挨拶を兼ねて更新です。

去年は今まででも苦節の1年になった。大きなこととしては体を壊し2ヵ月も働く事ができなくなったということ。実際には調子が悪くなっていたのはその数ヶ月前からだったので1年の半分くらいは不調・療養・経過観察に費やした。

この経験で大げさに言えば人生観が変わったかもしれない。心、気持ちが健康を左右し、体や行動までも変えてしまうということを身をもって知った。逆に気持ち、感情の大切さというものにも気づいた。経験とか知識とか、ちょっと大げさに言えば学歴とか経済力とかね、そういうものよりももっと大切なものなんじゃないかと。どんなにお金持ってても社会的にポジションがあっても心、体が病んでしまっては何もならない。逆にそれがなかったとしても充実した心身があれば後からいくらでもついてくる。無いものを嘆くのではなく、無いところからいかに作っていくか、行動力を発揮できるかが大事。それはその人の「心」にかかるところが本当に大きいと思う。そういう「心」を持っている人は絶対強いし伸びると思う。

自分が精神面から体を崩した事で、調子が悪い事そのものももちろん辛かったし、そういうことになってしまった自分が惨めに思えたこともあった。自分が弱かったりわがままなだけなんじゃないかと。ついていけなくて脱落したんだって。

もちろんそういう面が全く無いとも思ってない。でも、2ヶ月社会から離れてみてその間に転んでもただでは起きないと思いながら生活し、普通にしてたらできないようなことをしてみたりした。ひたすら本を読んでみたり、思いきり寝坊してみたり、平日のいろんな街に行ってみたり、新しい勉強をしたり新しい分野の人とコンタクトを取ってみたり。

そうしていく中で自分の考えてた事や見えていた事の狭さに気づいたということがあった。もっといろんな生活の仕方、いろんな考え方、いろんなモノが世の中にはあるんだな、と。自分は今まで結構たくさんのことをやってきたと思ってきて決して世界は狭いほうじゃないと思っていたけど、まだまだだった。自分が見えてる範囲の中でモノを考え、行動してた。それがいつしか自分の首をしめることになっていて、いつしから体まで蝕んだ。そう気づいてから急に楽になってきたように思う。

自分には自分の個性があるし、嫌だと思う事や楽しい、好きと思うものも人とは違う。活力が奪われることだって、能力以上のことが発揮できることだって人とは違う。でもそれでいいや、と。そう考えたら自分を許容できるようになった。と、同時に他の人に対してもそう思えるようになった。型や状況に当てはめるのではなく、その人にはその人にしかないものがある。それが一番大事だと。

前向きで笑っていられる事がどれだけ大事な事か。それは自分のためだけならず自分の周りにとってもそう。心身削って働いて枯葉みたいになったのを見て家族は喜んでくれる?少なくとも自分は悲しませただけだった。

自分が充実する事は自分のためだけじゃないし、そういう前向きなエネルギーから生み出されるものはきっと人の心を動かして新しいものを作り出せると思う。だから自分がそういう状態でいられる事を第一に考える事は絶対悪い事じゃない。そう思うようになった。

考え方が変わった事で行動の仕方も少しずつ変わってきたかもしれない「欲しいものは待っていても来ない。無いものはこれから得ていけばいい。そのための努力は少しずつ継続する。一歩を踏み出す事が大事。全ての過程を楽しむ」こう考えながら日々過ごしていると日常生活の中にも様々な可能性があることに気づき、今までならプレッシャーを感じるようなことでも楽しんでいたりする事すらある。もうすぐ26歳も終わってあぁ若いと言ってられるのも後少しだな、なんて思っていたけど、今では歳をとるのは怖くない。歳を重ねるだけ自分の中に何かを重ねていけるような気がしているから。

そんな気持ちで迎えた2005年は何かがありそうな気がしています。
今の状態は良いけど、今後また悪い時期もあるかもしれない。でも、死にそうになった時期から一度復活しているからまあなんとかなるの気持ちもある。むしろ新しく起こる出来事、新しく出会う人、今まで築いた友人や経験、それらが持っているさらなる可能性に期待しています。その可能性に気づき、動かすのは自分次第。

2005年、いい年になるでしょう。
今年もよろしくお願いします。