先輩や上司と言う立場になったら

微妙に長文。ふと書きなぐってみた。

今の職場でも人数こそ少ないが直属も含めて後から入った社員も増えてきた。つまり後輩や部下といった社員たちと一緒に仕事をしている。このこと自体は自分くらいの年齢の人間なら特別なことではなく、むしろもっと多くの部下を抱えて役職付で仕事をしている人もたくさんいるだろう。

最近、改めてこの構図について考える。つまり、役職のあるなしに関わらず(社内的に)立場が下の(または上の)人たちとどうやって仕事をしていくかということ。

これは明確な答えはないだろうし、人によってどういうポリシーを持っているかも、人の数だけあるかもしれない。大前提として。

で、個人的にはいろいろ大切にしていることはあるのだけど、最近、この手の話を目にすることがある。例えば、@ITの以下の記事。
http://el.jibun.atmarkit.co.jp/genmaicha/2010/09/6-c839.html
http://el.jibun.atmarkit.co.jp/samantha/2010/07/post-1354.html

また、10月号の「PRESIDENT」にも似たようなキーワードがあった。
「なにしろ、たとえしごとができても、部下や同僚に嫌われ「一緒に仕事をしたくない」と思われるような人は上にいけない」
http://www.president.co.jp/pre/backnumber/2010/20101004/
これらに共通することをあえて少し極端な解釈をすれば、「上司・年長者ということだけで、下の人間から尊敬されたり、上下関係が成立していると思うな」、「上司や先輩と見てもらえるかどうかは、上司・先輩側に責任がある」ということだ。

実は自分も根本的にこの考えがベースにある。もちろん、礼儀やマナーといった人間関係の基本も同時にベースにはなるのだが。

これは人によっては辛い話、もしくはカチンとくる話なのかもしれない。年代によっては特にそうかもしれない。だって、上の立場から物を言うのではなく、むしろ上の人間が下の人間に働きかけなさい、とか、実力がなければ尊敬されなくても仕方ないと言っているのだから。

個人的にはそんなの当たり前だと思うのだが、「下の人間が上に配慮し、働きかけ、フォローし、あわせるべき」、「先に会社に入り、長くそこにいる人間を敬い、指示に従うのが下の人間」と、半ば無意識に思っている人は相当多い。だって、「尊敬されるべきものがなければ尊敬されなくても仕方ない」って言われて、俺は私は大丈夫!と誰もが自信を持てるかというと、確かに簡単ではない。

俺自身も、例えば後輩が会社に入ってきて、「○○さんはどれくらいの実力があるのですか?私が叶わないと思ったら先輩として認めさせてもらいますね」などと言われたら、そりゃ頭に来るでしょう。もちろんこれは人間関係の基本から見てもまずいし極端な例ではある。

しかし、極端だけれども、そういうやつが来たときにそいつに「この人は見所がある」と思わせられるようなものを持っていないとダメと言うこと、その道で年月を重ねるとはそういうものを身につけるということ。そういうことなのだろう。

大事なのは一上司、一先輩として見られたときにトータルとして「見所がある、すごい」と思われるかどうか。職能というのは多岐にわたるので年齢や立場が低い人のほうが優れているものなんてたくさんある。すべてにおいて彼らを上回ることはできっこない。自分の得意なところは伸ばし、彼らに学ばせるくらいの気概を持ちながらも、彼らがある部分では上であることも認め、それらを伸ばし、組み合わせてよい仕事をするための信頼関係や雰囲気を作ることも上の立場の人間の役割。そして、それを実現すること自体もまたスキルや職能のひとつ。「武将は陣地最後方で指示を出すもの」であるのもいいが、時には最前で奮闘するところも見せる。そういうことも含めて「学ぶべき見所がある」「この人と一緒に仕事ができてよかった」と思ってもらえるような信頼関係を作る努力ができる人が、上に立つものとしてふさわしいのでは。

とは言え、先にも挙げたようにこれは誰でもできる簡単な話でもない。成功法則や形のあるものでもないし。だから、そういう部分に自信がないほど、わかりやすい「年次」とか「役職」でものを考えてしまいがちなのもまた事実。役員になったとたんに、周りの人間が言うことをきいてくれると思ってる人とかほんとにいるし。「俺、役員なんだけど!」みたいな。確かに企業として従業員のプライドを満たすために役職・ポストを使うこともあるのもまた事実だが。

それに、そういう自信のない人からすれば自分の至らないところをカバーしてくれて自分を傷つけず、脅かさず、プライドを無条件に満たしてくれたりする下はかわいいはず。いつの間にかそういう人間を求めていたりする。

だけど、自分(達)が何で飯を食っているのかよーく考えてみれば、大事なことというのは自分のプライドを満たすことではないはず。もちろん自尊心は大切なものだけど、それは「誰かに満たしてもらう」ものではない。そう考えれば部下に働きかけることは決して彼らの顔色を伺い、媚を売るプライドのない行為ではない。

大事なことはよい仕事をするということ。できればそれに関わる人が楽しく充実できるようであれば素晴らしい。そのために必要なこと、大切なことは何かということは、実はすごくシンプルなことに思える。人にはいろんな欲も矛盾した感情もあるのは事実だけど、自分がミッションを抱えていること、その本質を見失わずにいられるようにしたい。
それができれば最終的に自分が一番満たされるのではないかとも思っている。