大人のアイデンティティ

Twitterで誰かがリツイートしてくれたものに目が留まったので、引用しつつ考えてみる。

「20代のうちに、若さに裏打ちされていないと成立しないアイデンティティしか確立できなかった人は、30・40代になってからつまんない人になる」

これをツイートした人がいったいどういう人なのかもよくわからないが、この一言はなかなか考えさせられるものがあった。

少し冗長でネガティブな表現にも見える。つまりは、若いうちの過ごし方でどんな大人になるかが決まるということだけど、その若いうちにあたる部分を「20代」としているところがポイントだと思った。学生とか10代とかではなく。

20代といえば成人し、社会の中に飛び出していきながら少しずつ世の中への関わり方を覚え、仕事とか技能の面においても周囲に貢献できる部分も増えていく。その中でやりがいや達成感も覚えながら、世の中においての自己を形作って時代かなと。

そんな中で成功も失敗もあるだろうけど、それはいったいどんなものに裏打ちされているのかということ。

自分の努力・実力か、周りや年長者のフォローのおかげか、環境や運のおかげか、若さや勢いのおかげか。これらはもちろんすべて必要なことだし、どれかがよいものでどれかが悪いものではない。

ただ、ここで、若さだけに頼り、若いから許されていたことだけが己の成果を裏付けていたのだとすると・・・。

当然、その若さが失われていくにつれて裏づけがなくなる。今までは得られた成果を得られなくなる。しかし、ほかに自己を裏付けるものがないと、いつまで経っても若いから許されていたようなことしかできない。するとますます空回りし、得たものまで失うことすらある。

自分が身をおいている世界のことや自分自身、周りとの関わり方をちゃんと考えてきた人は決して派手でなくとも着実に、「広げる」か「深める」かをしている。20代のころと比べて、できる仕事や人脈を「広げたり」、もしくは、専門分野や大切な人間関係(家庭など)を築き、深めたりしている。

若さに裏打ちされていないとならなかった人は、時が経つに連れてその周りに何かが集まることはなくなっていく。「昔はよかった」と嘆いて今これからにおいて何かを広げることもしなければ、深めることもできない。

確かに20代、特に後半などは下手に成功体験や優越感を得ると勘違いしやすい年代。それが何に裏打ちされているのかも見えずに。

しかし、そんな己に気づくこともできる。つまらない人になってしまう前に今一度謙虚な心を持ち、自分や周りのことを考えて、これからの自分を裏付けるものを大切にしていくことができれば、大人としての人生がつまらなくなることはないかもしれない。